地球の表面−土のなかで起きている化学現象

助教(2015年転出) 光延 聖 (Assist. Prof. Satoshi Mitsunobu)
水質・土壌環境研究室

はじめに

私の専門分野は環境地球化学という分野です。この分野の対象は広く、地球上で起きている化学現象のすべてが研究対象といえます。その中でも、私が進めている研究は、地球の陸地の最も表面を覆っている“土壌”の環境化学です。特に最近では、水−土壌圏での有害元素の移動やそれをコントロールするファクターについて研究を行なっています。このような水圏での有害元素の移動性の解明は、汚染が起きた際の有害元素の移動予測だけでなく効率的な環境浄化法の開発といった工学的分野にも重要な知見を与えます。

図1 様々な土壌
図1 様々な土壌. 土壌の色の違いは構成物質の種類の違いに起因するもの. 

土壌ってどんなもの?

人類は高々数十cm足らずの土壌を数千年にわたって繰り返し耕作することによって、生命の糧と文明を育んできたといっても過言ではありません。このことは土壌の存在が人をはじめとする生物生存の基盤として不可欠な存在であることを示しています。また、土壌は環境を浄化する環境修復作用も有しており、自然状態であれ人為的であれ土壌に加わる種々のインパクトに対してその作用を発揮し、水域の汚染低減にも大きく寄与しています。この土壌の有用な性質は土壌の複雑な組成に起因しています。土壌中の構成物質は土壌鉱物などの無機成分、腐植と呼ばれる有機成分、微生物、水分など多様な特性をもつ固相から成ります。そのため、条件が合えばこれらの土壌物質は土壌中に混入した有害元素をトラップして、汚染の拡がりを止めることができます。

水−土壌中での元素挙動に影響を与える要因

さて、有害、無害に関わらず元素が土壌中を動くとき、どのような要因が影響するのでしょうか。土壌組成、土壌溶液の条件(pH、イオン濃度)といった土壌自体の性質も影響しますが、私の研究では“元素の存在状態”に着目して研究を行なっています。ここでいう存在状態というのは元素の価数や結合相手のことです。同じ元素でも価数が変われば溶解度や生体毒性が変化しますし、また同じ元素かつ同じ価数でも結合相手(元素・配位子)が変われば移動性は変動します。

例えば、ヒ素、ウラン、セレン、クロム、アンチモンといった多くの有害元素は2つ以上の価数を持っており、ある元素が環境中でどの価数をとるかは、溶液中の条件によって規定されます。例えば、悪名高い有害元素であるヒ素には3価と5価があります。還元体の3価の方が動きやすく、毒性も高いことがわかっています。バングラディシュやベトナムなどの東南アジアで大規模なヒ素汚染が深刻な問題となっていることは国包先生のコラムでも触れられていましたが、この汚染の原因はヒ素が還元的環境で3価に還元されたことに起因すると言われています。このように価数などの化学種の変化は元素の性質を大きく支配するため、環境中での元素の挙動を議論するには元素の化学状態を知る必要があります。(図2

図2 水−土壌環境中での元素挙動
図2 水−土壌環境中での元素挙動.

水が存在する環境での元素の価数は、熱力学的定数から計算して大まかに予想することができますが、その結果は計算する際に想定する化学種によって変化します。そのため、自分が対象とする系で元素の価数を知るにはどうしても実測する必要があります。

XAFS法

では、化学種の解明にはどのような方法があるでしょうか。水に溶けている元素の化学種を知るには、電気化学的手法や液体クロマトグラフィー法などで調べられますし、濃度が十分ならば分光学的手法も有効です。一方、固相中の元素の存在状態を知るには、溶存種と同じような測定法を用いると前処理の過程で化学種が変化する恐れがあるため、固体試料をそのまま測定できる分光法の利用が適しています。私の研究ではX線分光法の一つであるX線吸収微細構造(XAFS法)を利用し、化学種の決定を行なっています。このXAFSは日本が世界に誇る放射光施設であるSPring-8 (兵庫県佐用郡) やKEK-PF(つくば市)に行き測定しています(図3)。XAFS法を使うと、従来の手法では難しかった固相中のスペシエーション(化学状態の決定)が可能となりますから、分子レベルで化学状態に関する情報を得ることができます。元素選択性の高い手法であるため、特に環境試料のような多元素混合系にとってXAFS法は最適なツールといえます。上述のように価数などの原子レベルの化学状態は、マクロな元素の動きをコントロールするので、汚染のメカニズムを調べるうえで不可欠な情報です。

図3 実験に利用する放射光
図3 実験に利用する放射光.

XAFS法を駆使した新しい環境地球化学の展開

XAFS法の環境試料への応用は近年研究が盛んに行われており、環境化学分野で注目されている最先端の手法です。XAFS法の利用によって、これまでわかっていなかった汚染メカニズムが解明されつつあります。私の研究ではヒ素やアンチモンの土壌中での挙動について研究を進めており、土壌中で起きる興味深い化学的メカニズムが解明されつつあります(図4論文1-4)。

図4 最近の研究から明らかになったヒ素(As)およびアンチモン(Sb)の土壌挙動
図4 最近の研究から明らかになったヒ素(As)およびアンチモン(Sb)の土壌挙動. AsおよびSbともに土壌中の酸化還元状態の違いによって、挙動が大きく変化する.

おわりに

土壌の組成や機能は複雑であるため、混入してきた有害元素に対する反応も多様であり、そこで起きる化学的な現象についてはいまだに明らかになっていないこともたくさんあります。XAFS法の登場によって新たな環境地球化学の扉が開かれたといえ、今後もXAFSを駆使して、新しい知見を発信していければと思っています。

引用文献

  1. Mitsunobu S, Harada T, and Takahashi Y, Comparison of antimony behavior with that of arsenic under various soil redox conditions, Environ. Sci. Technol., 40, 7270-7276, 2006.
  2. Mitsunobu S, Takahashi Y, and Uruga T, Observation of chemical reactions at the solid-water interface by quick XAFS combined with a column reactor, Anal. Chem., 78, 7040-7043, 2006.
  3. Mitsunobu S, Sakai Y, and Takahashi Y, Characterization of Fe(III) hydroxides in arsenic contaminated soil under various redox conditions by XAFS and M?ssbauer spectroscopies, Appl. Geochem., 23, 3236-3243, 2008.
  4. Mitsunobu S, Takahashi Y, Sakai Y, and Inumaru K, Interaction of synthetic sulphate green rust with antimony(V), Environ. Sci. Technol., 43, 318-323, 2009.

参考文献

(以上)

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