食品化学研究室 −産業応用を見据えた食品機能開発化学の推進

概要
 1984年、荒井綜一らの研究グループによって「食品機能論」が提唱されました。食品とその成分には栄養機能(身体の健康維持に必要な栄養素としての機能)、感覚機能(おいしさを生み出す嗜好成分の機能)、生体調節機能(病気の一次予防の助けとなる機能)があるという考えです。現在、栄養機能や生体調節機能の研究は健康長寿に貢献する科学として世界的に注目を集めており、また感覚機能(おいしさ)は食生活を豊かにする上で最も重要であると言っても過言は無いでしょう。当研究室ではペプチドを主な研究対象として、分子レベルでの機能解析から産業応用(高付加価値な食品の開発)を目指す”食品機能開発化学”を推進しています。
Keywords:おいしさと健康、機能性ペプチド、コンビナトリアル化学、ペプチドアレイ、味覚受容体、膜輸送体、血中プロテアーゼ
”機能性ペプチドミクス”研究法の開発
 近年の食品研究では網羅的成分分析(メタボロミクス)が脚光を浴びており、どのような成分がどれだけ含まれるのか?という組成情報が次々得られてきています。しかしその一方で、これまでの食品研究のほとんどが比較的扱いやすい特定の成分のみを機能解析の対象としてきたことから、実際に機能性が明らかとなっている成分はごくわずかです。多くの食品は比較的穏やかな活性をもつ多成分の混合物であるため、機能性を理解し応用するためには、微視的・俯瞰的両方の視点を持つことが非常に重要です。そこで私達は、食品中に存在する(あるいは存在しうる)ペプチド群を網羅的に化学合成することで、どのペプチドがどの程度の機能性をもつのか?という総体解析を進めています。(Nature Commun. 2013、Food Chem. 2015他)。この”機能性ペプチドミクス”の基盤技術として、ペプチドアレイを応用した機能性ペプチドの網羅的探索・解析法や、標的分子のハイスループット活性評価法の開発等を進めています。
おいしさに寄与するペプチドの機能解析と応用
 「良薬は口に苦し」というように、ほとんどの食品機能成分にはヒトにとって好ましくない苦味があります。いかに健康によい食品でもおいしくなければ食べ続けることはできません。そこで私達は、食品機能成分の摂取をサポートする苦味マスキング剤(苦味軽減物質)の開発を進めています。これまでに高濃度カテキン含有緑茶の苦味を減らすことができる茶殻ペプチド素材の開発に成功しており(2016年度日本農芸化学会トピックス賞)、その分子メカニズムの解析を進めています。本研究は緑茶産業廃棄物である茶殻の有効活用にもつながると期待されます。また和食のおいしさを分子レベルで解明することを目指し、ダシや発酵食品等に含まれるペプチドについて、味覚特性解析を進めています。
ペプチド栄養の分子基盤解析
 ペプチドの生体吸収性はアミノ酸よりも優れることから、スポーツ用途食品や経腸栄養剤、また微生物の発酵基材等に活用されています。ペプチドは8,400種類のジ・トリペプチドを輸送できるPOT輸送体により生体に吸収されますが、その吸収動態の詳細は不明です。私達はPOTのハイスループット解析システムを開発することで、”基質多選択性”の全貌を世界で初めて明らかとしました(Nature Commun. 2013)。本成果により、ヒトは自ら生合成できない「必須アミノ酸」含有ペプチドをPOTを介して高効率に吸収することが明らかとなりました。必要な物質を効率よく摂れることは生物学的に理にかなった巧妙な仕組みです。現在は、POT解析システムを応用して、企業各社と共同で生体吸収性に優れた機能性食品素材の開発を進めています。また微生物のPOTの解析を通じ、発酵食品の製造に関する新技術の開発も試みています。
生体調節機能ペプチドの探索と創製
 現在市販されている特定保健用食品の約20%は、生体調節機能をもつペプチドを有効成分としています。私達は、食品タンパク質の全アミノ酸配列を網羅するペプチドライブラリーを構築することで、新たな生体調節機能ペプチドの探索に取り組んでいます。これまでに大豆ペプチド素材、茶殻ペプチド素材、未利用水産資源由来ペプチド素材等をモデルとして、抗2型糖尿病効果が期待できる機能性ジペプチドの網羅的探索を行ない(Food Chem. 2015)、その過程で”他の機能成分の効果を増強する”新タイプの機能性ペプチドを発見しました(Peptides 2015)。現在、脳や筋肉等に関わる新たな標的分子についても生体調節機能ペプチドの探索・創製を進めています。