車室内には様々な内装材が使用されていることから、多種多様な化学物質が放散することが報告されている。 くわえて、車室内は容積が比較的小さく、太陽光が照射されることで高温になりやすいといった観点から、放散した化学物質が高濃度になりやすい傾向にある。
また、太陽光の照射に伴う車室内空気中の化学物質が光分解することにより、非意図的な副生成物の生成も考えられる。そのため、特に、トラック運転手などの職業的に長時間乗車する人の健康影響が懸念される。
達らの研究によると、車室内空気中に存在する総揮発性有機化合物(TVOC)のうち、厚生労働省が定める室内濃度指針値が定められている13物質が占める割合は11%程度であり、残りの89%は未規制物質であった。
そのため、健康な室内空間の創生には、規制に先駆け、未規制物質も含めたリスク評価を行うことが重要となる。
化学物質のリスク評価は曝露評価とハザード評価から成り立っている。まず、曝露評価には、化学物質の定性・定量データが必要となる。 近年、空気中の化学物質を網羅的に定性・定量分析する方法として、ノンターゲット分析(NTA)が行われるようになってきた。例えば、一般住居の室内空気を2次元ガスクロマトグラフ飛行時間型質量分析計(GC×GC-TOFMS)で分析することにより、50種類の化学物質が検出され、
また、フライドチキンの調理排ガスをGC×GC-MSで分析することにより、気相から166種類、粒子相から349種類の化学物質が検出された。以上のように、ノンターゲット分析に関する技術の発展により、我々の身の回りには、多種多様な化学物質が存在していることが明らかとなってきた。
しかし、車室内空気中に存在する化学物質に対するノンターゲット分析の事例は限られているのが現状である。また、ノンターゲット分析により多数の化学物質を検出できたとしても、毒性に関する情報が不足している化学物質が多く、検出された化学物質のハザード評価が追い付かないという課題が挙げられている。
本研究では以上の課題に対して、まず、水素炎イオン化検出器と質量分析計のデュアル検出器を用いた、ポストカラム反応ガスクロマトグラフ(TD-GC-MS/PR-FID)による定量的ノンターゲット分析(qNTA)を車室内空気に適用し、
網羅的な定性・定量分析を試みた。加えて、有害性評価支援システム統合プラットフォーム(HESS)を用いた、 化学物質の毒性を予測する手法の開発も検討した。HESSは、化学構造的に類似の特徴を持つ化学物質をグルーピングし、毒性試験が未実施の化学物質の反復投与毒性の評価を支援するシステムであり、
OECD QSAR Toolboxと互換性のあるシステムとして開発された。本研究では、HESSのデータベースを用いて、スクリーニング用の毒性値として毒性ポテンシャル(NOELp)を定義し、予測することとした。
以上をまとめると、TD-GC-MS/PR-FIDを用いたqNTAによる車室内空気中に存在する化学物質の網羅的な定性・定量分析を基にした曝露評価と、HESSのデータベースを用いた毒性ポテンシャルの予測によるハザード評価を組み合わせることで、
リスクポテンシャル(MOEp)を定義し推算することで、優先して詳細なリスク評価を行うべき化学物質のスクリーニング手法の開発を本研究の目的とした。