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PLOS Geneticsに掲載: 昆虫の成長期間を規定する分子メカニズムに迫る

昆虫の成長期間を規定する分子メカニズムに迫る
 動物個体の発育過程は,栄養素を摂取し成長する成長期と,生殖能力を有する成体へと移行する成熟期に大きく分かれます.たとえば,哺乳類は二次性徴期を経て子供から大人へと性成熟し,昆虫であれば変態過程を経て幼虫から成虫へと成熟します.このような成熟過程の開始・進行には,成長期における栄養状態が影響を及ぼすことが以前より知られていますが,個体の栄養状態を感知し成長期から成熟期への切り換えを担う分子メカニズムはこれまで不明でした.静岡県立大学の大原裕也助教,米国カリフォルニア大学リバーサイド校の山中直岐助教を中心とした研究グループは,生活環が短く遺伝子の機能解析手法が整ったモデル動物であるショウジョウバエを用い,細胞周期の一種であるEndocycleが成長期から成熟期への切換えにおいて中心的な役割を担っていることを見出しました.この研究成果はPLOS Genetics誌(1月25日付)に掲載されました.

研究の背景:個体成熟を誘発するステロイドホルモンの産生が引き起こされる仕組みとは?
 
動物個体は従属栄養生物であり,タンパク質,脂質などの栄養を外環境から摂取し,身体を構成する細胞の数・サイズを増加させ成長します.そして,動物個体は限りなく成長するのではなく,やがては成長を止め,次世代を残すために生殖能力を有する成体へと成熟します.哺乳類における二次性徴を例に見れば明らかなように,多くの動物種の成熟過程は,ステロイドホルモンによって引き起こされます.ショウジョウバエをはじめとした完全変態昆虫の場合,エクジステロイドの働きによって幼虫から蛹・成虫への成熟,すなわち変態が引き起こされます.エクジステロイドは前胸腺と呼ばれる内分泌組織から分泌され,幼虫組織の消失および再編成,ならびに成虫組織の構築を引き起こします(図1 A).
 前胸腺におけるエクジステロイド産生が活性化するためには,幼虫個体が栄養を摂取し,Critical weightと呼ばれる固有の体サイズまで成長する必要があります.ショウジョウバエの場合,体重がCritical weight(約0.8 mg)に到達した幼虫個体は,栄養飢餓状態であってもエクジソン産生が不可逆的に活性化し変態を開始するのに対して,体重がCritical weightに到達していない幼虫個体を栄養飢餓状態で飼育した場合,前胸腺におけるエクジステロイド産生が活性化せず,変態が引き起こされません(図1 B).このことから,栄養状態を感知しエクジステロイド産生を不可逆的に開始させる「Critical weightチェックポイント」が存在すると以前より予想されていましたが,その分子実体はこれまで不明でした(図1 C).
 本研究では,Critical weightチェックポイントを担うメカニズムの候補としてEndocycleと呼ばれる細胞周期に着目しました.Endocycleは分裂を伴わない細胞周期の一種であり,前胸腺細胞はこのEndocycleを進行させ成長・肥大します(図2).Endocycleは富栄養状態において不可逆的に進行することから,前胸腺細胞において一定回数Endocycleが進行することによりCritical weightチェックポイントが打破され,エクジステロイド産生が不可逆的に開始する,という仮説を考えました.この仮説を検証するために,本研究では,ショウジョウバエ前胸腺におけるEndocycleの役割を解析し,以下の結果を見出しました.

結果:ステロイドホルモン産生細胞におけるEndocycleは個体成熟の誘発に必須である
 
前胸腺におけるEndocycleがCritical weightチェックポイントに関与する可能性を検証するために,富栄養条件下で飼育した個体,および,Critical weight到達期前・後から飢餓条件下で飼育した個体を用い,前胸腺におけるEndocycleを観察するとともにエクジステロイド産生の活性を経時的に測定しました.Critical weight到達後の幼虫個体では,前胸腺においてEndocycleが3回以上進行しており,その後,栄養状態に左右されることなくエクジステロイド産生が活性化し蛹へと移行しました(図3 A).一方,Critical weight到達前の幼虫個体では,前胸腺におけるEndocycleの回数は3回未満であり,その個体を飢餓条件下で飼育した場合,Endocycleならびにエクジステロイド産生が阻害され,その個体は幼虫で発育を停止しました(図3 A).この結果は,前胸腺において少なくとも3回Endocycleが進行することにより,Critical weightチェックポイントが打破され,エクジステロイド産生が不可逆的に活性化する可能性を示唆しています.このことを検証するために,前胸腺におけるEndocycleを人為的に阻害し,その個体の発育過程を観察しました.その結果,正常個体は幼虫後期においてエクジステロイド産生が活性化し幼虫から蛹へと移行したのに対し,前胸腺のEndocycleが阻害された個体は,エクジステロイド産生が活性化せず蛹へ移行できないことがわかりました(図3 B).これらの結果は,前胸腺においてEndocycleが一定回数進行することによって,その後のエクジステロイド産生が不可逆的に活性化し変態過程が誘発されることを示しています.
 さらに,ここでは詳しく述べませんが,本研究では,前胸腺においてEndocycleの進行を制御する栄養応答的な因子として,Target of rapamycin(TOR)を見出しました.Critical weight到達期の前胸腺において,TORは栄養依存的なシグナル伝達経路であるインスリンおよびアミノ酸シグナルによって活性化されることから,TORは前胸腺に入力する栄養シグナルを統合し,Endocycleの進行ならびにCritical weightチェックポイントの打破を決定する役割を担っていると結論付けました(図3 C).

考察と今後の展望:Endocycleの意義とは
 本研究では,富栄養環境下で前胸腺におけるEndocycleが進行し,Endocycleが一定回数進行することによりエクジステロイド産生が不可逆的に活性化することを見出しました.このことは,成長期から成熟期への切り替え(=エクジステロイド産生の活性化)が,Endocycleという履歴現象によって支配されていることを意味しており,Endocycleは成長期間を規定する仕組みと言い換えることができます.私たちの知る限り,個体レベルでの発育ステージの期間を規定するメカニズムの一端を明らかにした研究は他になく,本研究がその実体に迫る初めての成果です.では,Endocycleの進行によってエクジステロイド産生が活性化する分子メカニズムは如何なるものでしょうか?今後,この疑問点を明らかにすることにより,発育ステージの期間を規定する仕組みを更に垣間見ることができると期待します.
 Endocycleは昆虫だけでなく生物界に広く見受けられる現象ですが,その制御メカニズムおよび生理学的・生物学的意義は未だ不明な点が多く残されています.Endocycleを遂行するショウジョウバエ前胸腺の細胞数はおよそ50個と比較的少なく観察が容易であり,加えて,エクジステロイド産生ならびに変態の有無を指標としてEndocycleに関与する因子の選抜・解析を行うことができます.よって,前胸腺はEndocycleを研究する上で優れたモデル系として活用できると考えています.

 

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1.ショウジョウバエ発育過程におけるCritical weightとエクジステロイド産生との関わり

A)ショウジョウバエ発育過程の模式図.

B,C)Critical weight (B)およびCritical weightチェックポイントの概念図(C).Critical weightに到達した幼虫個体は,飢餓条件下であってもエクジステロイド産生が活性化し蛹へと移行できるが,Critical weight到達前の幼虫個体を飢餓条件下で飼育した場合,エクジステロイド産生が活性化せず,その個体は蛹へと移行できない.

 

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2Endocycleの特徴

有糸分裂はDNA複製期であるS期と分裂期であるM期とを繰り返し,細胞数を増加させる.一方,EndocycleはM期を伴わない細胞周期であり,ゲノムDNAのコピー数ならびに細胞のサイズが増加する.

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3Endocycleによるエクジステロイド産生制御

A)Critical weightとEndocycleとの相関.Critical weight到達後の幼虫個体では,前胸腺においてEndocycleが一定回数進行しており,栄養状態に左右されることなくエクジステロイド産生が活性化し蛹へと移行した.一方,Critical weight到達前の幼虫個体では,その個体を飢餓条件下で飼育した場合,Endocycleならびにエクジステロイド産生が阻害され,その個体は幼虫で発育を停止した.前胸腺を観察するために,エクジソン合成酵素の1つであるDisembodied(Dib)(緑色)およびDNA(白色)を染色・検出した.スケールバー:50 mm(上段)および10 mm(下段).

B)前胸腺におけるEndocycleを阻害した個体の表現型.正常個体は幼虫から蛹へと移行したのに対し,前胸腺のEndocycleが阻害された個体は,エクジステロイド産生が活性化せず幼虫期で発育を停止した.

C)Endocycleによるエクジステロイド産生制御機構のモデル図.富栄養環境下で飼育した幼虫個体では,前胸腺におけるEndocycleが一定回数進行することによりCritical weightチェックポイントが打破され,エクジステロイド産生が不可逆的に活性化する.また,Critical weight到達期のEndocycleの進行は,栄養応答的な因子であるTORによって制御される.

 

掲載誌情報

雑誌名:PLOS Genetics

タイトル:“Nutrient-Dependent Endocycling in Steroidogenic Tissue Dictates Timing of Metamorphosis in Drosophila melanogaster

著者:Yuya Ohhara, Satoru Kobayashi, and Naoki Yamanaka

掲載日:2017年1月25日 Early versionがオンラインに掲載

URL: http://journals.plos.org/plosgenetics/article?id=10.1371/journal.pgen.1006583

 

研究サポート

本研究は文部科学省科学研究費助成事業からのサポートを受けて行われました.

 

お問い合わせ先

静岡県立大学 食品栄養科学部

大原裕也

E-mail: y-ohhara@u-shizuoka-ken.ac.jp