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中分子医薬品開発に光明!50年来の難生産性酵素を攻略!

海洋性微生物のゲノム情報を駆使し、安価なアミノ酸から希少アミノ酸を合成する人工酵素の開発に成功!

 薬食生命科学総合学府 食品栄養環境科学研究院の中野祥吾助教、南野優季さん、伊藤創平准教授(左記3名:食品蛋白質工学研究室)、長谷部文人助教(ケミカルバイオロジー研究室)は、理論科学・実験科学・計算科学・情報科学を融合させた第5の科学注1)に基づく人工設計法注2)により、発見から100年、応用が期待されつづけて50年、産業利用が頓挫していたL-アミノ酸酸化酵素を、低コストで製造する技術の開発に成功しました。生物に普遍的に存在しているL-アミノ酸酸化酵素は、生体内ではL-アミノ酸注3)からケト酸注4)を生合成しています。産業利用の観点では、L-アミノ酸酸化酵素は、①基質特異性が広く、非天然型アミノ酸注5)にも反応でき、合成が難しいケト酸を合成できる、②還元剤存在下において、希少なD-アミノ酸注6)を高い光学純度注7)でワンポット合成注8)できる、といった特性が注目されてきました。また、副生成物として生じる過酸化水素注9)・アンモニア注10)の応用利用も可能であることから、中分子医薬品注11)、ファインケミカル、エネルギーなど、幅広い分野においての応用が長年期待されてきました。しかし、世界各地で探索された天然型L-アミノ酸酸化酵素は、いずれも難生産性で安価な調整が困難であり、産業利用は頓挫していました。
本学の研究チームは、近年の技術革新により増大し続けるデータベースと、研究者の積み上げてきた知見を融合し、遺伝子をコンピューター上で高機能化する技術を開発してきました。本研究においては、海洋性微生物注12)のゲノムデータベースを活用、新規アミン酸化酵素遺伝子群に対して、独自のプログラムiAngler注13)と祖先型設計法注14)を適用、人工酵素を設計しました。設計された人工酵素は、①大腸菌で安価に生産が可能である、②13種類のL-アミノ酸、18種類の非天然型アミノ酸に反応する、③反応する非天然型のアミノ酸において、ラセミ体注15)から光学純度99%以上の純度でD-アミノ酸誘導体に変換が可能である事を確認しました。本研究成果は2019年9月27日、アメリカ化学会の専門誌「ACS Catalysis」(インパクトファクター = 12.21)のJust acceptedとして公開されました。

発表のポイント
・第5の科学に基づく研究手法により、難生産性であるがために産業利用が頓挫していたL-アミノ酸酸化酵素を、安価に製造する技術の開発に成功しました。
・人工設計したL-アミノ酸酸化酵素は、L-アミノ酸とラセミ体非天然型アミノ酸に反応し、有機合成が難しいケト酸、過酸化水素、アンモニアを発生させます。バイオセンサーや抗生剤としての利用が期待できます。
・還元剤存在下において、希少なD-アミノ酸、非天然型D-アミノ酸を、ワンポット合成できます。中分子医薬品や機能性アミノ酸・ペプチド素材の開発など、幅広い分野においての利用が期待できます。
・アンモニアは、水素エネルギーキャリアとして近年注目されています。バイオマス、食品廃棄物などから、エネルギーを取り出す用途としての利用も期待できます。

図1

 

 

 

 

 

 

 

■発表内容

<研究の背景と経緯>
 21世紀に入り、指数関数的に増大するビックデータを礎とした第4の科学的方法論、ICT技術を活用したデータ駆動型の情報科学が台頭してきました(下図)。しかし、データを中心とした帰納的方法論では、必ずしも社会のニーズに沿った形で技術が成熟しない事が問題視されるようになってきました。例えば、生命の多様性は、バイオテクノロジーとして医療・食品・エネルギー等の幅広い分野で活用されてきました。しかし、技術開発や製品の高いコストが足かせとなり、国家や企業のバイオ関連予算は減少、社会的期待に陰りが生じています。国家財政を圧迫する「医薬の経済毒性」、救える命が経済格差により救えない「医療の壁」、人類存亡の鍵である「循環型資源・エネルギー」といった課題を、バイオテクノロジーは未だ克服できていません。

図1-1

 

 

 

 

 

 

 私達は、このような課題を解決するのは必ずしも革新的な新技術ではなく、人類が積み上げてきた既存の技術やビックデータ等を、最大限活用する新しい理論構築が近道であると考えました。蛋白質工学は、遺伝子工学、酵素学、構造生物学、計算科学などの技術により蛋白質の働きを理解し、目的に合わせて改変し応用を図る技術です。次世代の蛋白質工学、すなわち、理論科学・実験科学・計算科学・情報科学を融合させた第5の科学(下図)に基づく蛋白質工学がバイオテクノロジーの潜在能力を引き出すと考え、データベース演繹的に解析、実験科学等との異種混合サイクルを循環させる理論を構築、蛋白質・酵素をコンピューター上で大幅に高機能化する技術の開発を進めています。

図2

 

 

 

 

 

 

<研究の内容>

 今回、海洋性微生物のゲノム情報を演繹的に解析、実験科学等との異種混合サイクルを循環させる理論を具現化した独自のプログラムiAnglerと、酵素の人工設計法の一つである祖先型設計を、海洋性微生物のゲノム内に見出した新規アミン酸化酵素群に適用しました。創出した人工アミン酸化酵素ArtLAAO遺伝子を、汎用宿主である大腸菌BL21(DE3)株にて異種発現したところ、単純なバッチ培養にて50 mg/L、約800 Uと低コストで生産可能な酵素である事がわかりました。また、20種類のL-アミノ酸のうち13種類のL-アミノ酸に反応を示し、D-アミノ酸には反応しないことから、L-アミノ酸酸化酵素(LAAO、EC 1.4.3.2)であることが判明しました(図3)。LAAOは、生物に普遍的に存在しており、生体内ではL-アミノ酸からケト酸を生合成しています。生体外においては、ガラガラヘビやジャンボアメフラシが、身を守る毒として利用しています(図4)。

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 産業利用の観点から、LAAOは、①基質特異性が広く、安価なL-アミノ酸もしくはその誘導体に反応でき、合成が難しいケト酸を、酸素と水があれば合成できる、②還元剤存在下において、希少なD-アミノ酸を極めて高い光学純度で、ワンポット合成できる、といった特徴が注目されてきました(図5)。また、副生成物として生じる過酸化水素・アンモニアの応用利用も可能であることから、創薬、ファインケミカル、エネルギーなど、幅広い分野においての応用が期待できます。しかし、世界各地で探索された天然型のLAAOは、いずれも難生産性で安価な調整が困難であり、産業利用は頓挫していました。ヘビ毒由来LAAOは、試薬レベルの価格が100mg当たり100万円を超える一方で、D-アミノ酸酸化酵素は、希少なD-体を基質にしますが、セフェム系抗生物質の原料の生合成に利用される等、基礎研究・応用研究が進展してきました(図4)。

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 今回発表したArtLAAOは、13種類と多くのL-アミノ酸に反応することから、バイオマスや食品等の多成分系混合物を基質とした場合、通常のアミノ酸酸化酵素より高効率で過酸化水素・アンモニア・D-アミノ酸を合成する事ができます。しかし、中分子医薬品・ファインケミカル分野への応用利用の観点では、①かさ高い側鎖を持つ芳香族L-アミノ酸およびその誘導体への反応性、②D-アミノ酸を合成する場合、有機合成したラセミ体アミノ酸もしくは非天然型のラセミ体アミノ酸を基質とし、分離精製が困難なL-アミノ酸を残さずに反応する事が重要となります。そこで、18種類の非天然型のラセミ体アミノ酸を基質とし、ワンポット合成による動的光学分割を試みました。結果、ほとんどの基質に対して、100%の光学分割能を示しました(図6)。収率は70〜85%となっていますが、反応を最適化することで改善されると考えられます。

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<今後の展開>
 本成果は、静岡県立大学より特許出願済であり、今後は実用化を希望する企業と研究開発を進めていく予定です。現在、複数のArtLAAOを設計、より機能性の高い酵素の開発と優先権主張範囲を拡大を予定しています。アミノ酸酸化酵素の実用化は、米国や中国で先行しているため、国際特許出願も検討しています。今後、中分子医薬品、ファインケミカルの開発、もしくは、エネルギー分野での応用が期待されます。また、今後の共同研究等を通じ、次世代の蛋白質工学、すなわちデータベース演繹的に解析、実験科学等との異種混合サイクルを循環させる理論の確立、圧倒的なノウハウの蓄積をめざします。理論構築後は、理論・実験・計算・情報の科学研究に人工知能技術を取り入れ、戦略的に実験データを集めて研究全体を加速させる仕組みが構築されることが期待できます。このような異種混合型の理論を構築し、好循環を起こす科学は、工学分野においてすでに先行しています。生命科学・バイオテクノロジー分野においては初めての試みであると考えています。

 

<社会的な意義>
 本研究で創出した人工酵素は、持続可能な開発目標(SDGs)の17の目標のうち、目標3: すべての人に健康と福祉を、目標7: エネルギーをみんなに、そしてクリーンに、目標9: 産業と技術革新の基盤をつくろうへの貢献が期待されます。

■論文情報: 論文名: Deracemization and Stereoinversion to Aromatic D-Amino Acid Derivatives with Ancestral L-Amino Acid Oxidase.
掲載紙: ACS Catalysis (インパクトファクター = 12.22、2018年度)
著者: Shogo Nakano, Yuki Minamino, Fumihito Hasebe and Sohei Ito
DOI: doi.org/10.1021/acscatal.9b03418
URL: https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acscatal.9b03418 

■特許情報: 名称: 新規なL-アミノ酸オキシダーゼ及びD-アミノ酸又はその誘導体の製造方法
発明者: 南野 優季、中野 祥吾、伊藤 創平 出願人: 静岡県公立大学法人
出願番号: 特願2019-062177

■付記: 本研究は、日本学術振興会(17K06931, 18K14391)、静岡県立大学教員特別研究費の支援を受けて実施しました 

■用語説明
注1) 第5の科学: 理論・実験・計算・情報科学を融合させた概念に基づく新しい科学・理論で、材料工学・物質科学分野で利用が拡大しています。生命活動を支える酵素・蛋白質は、あまりにも多様で解が収束しないと考えられてきましたが、20種類のアミノ酸を部品とした元素組成の限られた物質でもあります。有機的・効率的に異種混合サイクル(図2)を回し、新しい理論構築することで、同様の技術展開ができる可能性があります。詳細は、本記者提供資料<研究の背景と経緯>をご覧ください。

注2) 人工設計: 複数の遺伝子を人工的に混合する事で、機能か改変されたキメラ酵素を取得する手法は、進化分子工学的な手法の一つとして古くから行われていました。しかし、偶発的に生じる高機能化したキメラ酵素の遺伝子を選抜するには、実験科学の力に依存します。特に、産業利用に資するレベルで高機能化した酵素の取得には、高い技術力と時間が必要でした。近年の技術革新により増大し続けるデータベース(遺伝子や蛋白質の立体構造)と、実験科学から得られた情報を、キメラ酵素の遺伝子の設計に反映させたものを、人工酵素と定義しています。複数の遺伝子の長所が設計に反映される事で高機能化し、いわば高度にキメラ化された遺伝子と言えます。結果として生じる人工酵素は、天然にある酵素と高い相同性(70%〜95%)を保持しており、基本的な性質は天然にある酵素と同じです。人工と定義してはいますが、特殊で新規な機能、何らかの毒性を獲得することはなく、安全な酵素です。むしろ、天然に存在する遺伝子の方が多様性に富み、より多数の変異が導入されています。設計された人工酵素は、高機能な酵素である確率が高く、産業利用においての技術開発のコストを大幅に低下させる事ができます。言い換えると、インシリコ分子進化工学とも言えます。

注3) L-アミノ酸: 生物が普遍的に利用し、蛋白質を構成する部品です。安全で生理機能もあることから、多くの機能性食品、サプリメント、として利用されており、血中アミノ酸の量で健康状態やある種の疾病が把握できるとされています。多くのL-アミノ酸は、安価に製造できる技術が確立しています。よって、L-アミノ酸酸化酵素が基質とする化合物は、生物に普遍的に存在しており、生合成品も基本的に安価です。

注4) ケト酸: ケトン基とカルボキシル基を持つ有機酸です。ピルビン酸、オキサロ酢酸、α-ケトグルタル酸などのケト酸は、クエン酸回路や脂肪酸合成の中間体として、極めて重要な化合物で、有機化学的な合成が比較的難しい化合物です。

注5) 非天然型アミノ酸: 生物が利用しているアミノ酸を天然型、そうでないアミノ酸を非天然型と定義します。非天然型アミノ酸は、医薬品・ファインケミカル等への応用利用が期待できる化合物ですが、生物に作らせる事が困難な化合物です。有機化学的に非天然型アミノ酸を合成した場合、L体とD体が混在したラセミ体注14)として合成されます。よってL体とD体を分離・精製する必要があります。

注6) D-アミノ酸: L-アミノ酸の光学異性体のことを指します。D-アミノ酸は極めて限られた生体成分と考えられてきましたが、分析技術の進展に伴い、微生物、植物を始め、哺乳動物にも様々なD-アミノ酸が存在し、多様な生理機能を果たしていることが明らかになりつつあり、希少アミノ酸とも言えます。広義では、19種類のD-アミノ酸以外にもさまざまな特殊なD-アミノ酸があり、非天然型です。

注7) 光学純度: 本発表では、L-体アミノ酸と、D-体アミノ酸の存在比率のことを意味しています。医薬品・ファインケミカル等へ利用される場合、100%に近い光学純度で、D-体とD-体が分離・精製されている必要があります。しかし、D-体とL-体アミノ酸が混在している場合、物理化学的な性質が酷似しているため、分離精製が困難です。

注8) ワンポット合成: 単離精製をすること無く、一つの反応容器で多段階の反応を行う合成手法です。費用と時間の節約ができるため、経済的に大きなメリットがあります。

注9) 過酸化水素: 分子式H2O2の化合物です。強力な酸化剤にも還元剤にもなり、様々な産業において殺菌剤、漂白剤として利用されています。製紙、繊維工業における漂白、電子工業においては半導体の洗浄、、食品加工においては設備の殺菌や食品の脱色、医療分野においては消毒剤や医薬品の中間原料など、様々な分野で利用されています。分解産物が水と酸素であり、環境にやさしいクリーンな化合物です。

注10) アンモニア: 分子式NH3で表される単純な化合物であり、化学工業において基礎的な窒素源として重要です。新しいエネルギー社会の実現に向けた戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)において、アンモニア関連の研究開発テーマはプロジェクトの中核となっています。水素エネルギーのキャリアとしてアンモニアから水素を取り出す技術、アンモニア燃料電池、直接燃料としての利用する技術が鋭意開発されており、次世代エネルギーとしての利用に期待が高まっています。

注11) 中分子医薬品: 中分子医薬品は、特異性が高い上に副作用が少なく、創薬の標的となる作用点も広く、低分子医薬品と抗体医薬品の長所を同時に兼ね備えた次世代医薬品として世界的に開発競争が加速しています。天然型・非天然型のアミノ酸を自在に結合するペプチドリーム社の技術により、製造コストの低減が可能となりました。

注12) 海洋性微生物: 水圧、酸、アルカリ、温度の違いが大きく、過酷な環境が存在する海洋は、地上の生物には見られない特徴をもった多様な生物が存在します。中でも、未開拓の余地が大きい海洋性微生物が注目されており、医薬品や香粧品に利用できる生理活性物質などの探索が進められています。その多様性は、遺伝子資源としての利用価値も高い可能性があります。本発表は、海洋性微生物のゲノム情報を活用したものであり、海洋性微生物遺伝子ががデータマイニングの対象として注目すべき資源であることを証明しました。なお、静岡県立大学・食品蛋白質工学研究室は、静岡発のマリンバイオテクノロジーを機軸とする産業イノベーションの推進を目的としたマリンオープンイノベーション機構のメンバーであり、今後企業や研究機関との連携を進めます。

注13) iAngler: 配列や構造情報等のデータベースを機械学習、研究の目的に合わせて変異体・人工遺伝子(高度にキメラされた遺伝子)を設計するプログラムです。基幹技術として、蛋白質の様々な機能と関係すると考えられる離散的モチーフ様配列のネットワーク解析(配列の保存性のネットワーク解析)等、実験科学・計算科学・情報科学の異分野融合研究を促進するための複数のプログラムで構成されています。開発中のため、公開されていません。

注14) 祖先型設計法: 蛋白質の人工設計の一つで、いくつかのプログラムが公開されています。しかしプログラム単独では、必ずしも機能する遺伝子・蛋白質が設計できるわけではありません。天然型の遺伝子より高機能化した例も限られ、基礎研究に留まっているのが現状です。

注15) ラセミ体: 互いに鏡像異性である2つのキラル化合物が等量存在することにより、旋光性を示さなくなった化合物のことです。有機化学的にアミノ酸、非天然型アミノ酸を合成した場合、L体とD体が等量混在したラセミ体として合成されます。

【お問い合わせ先:研究に関して】
〒422-8526 静岡市駿河区谷田52-1
静岡県立大学 薬食生命科学総合学府 
食品栄養環境科学研究院 食品蛋白質工学研究室
助教 中野 祥吾・准教授 伊藤 創平
電話 054-264-5576
E-mail: itosohei@u-shizuoka-ken.ac.jp

【特許・契約に関して】
教育研究推進部 地域・産学連携推進室
鈴木 美帆子 (産学官連携コーディネーター)
TEL:054-264-5124
E-mail: renkei2@u-shizuoka-ken.ac.jp