研究テーマ
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筋線維特性変化が疾病発症におよぼす影響
運動トレーニングはさまざまな医学的恩恵をもたらします。その一因が筋線維特性の変化によることがわかってきています。例えば定期的な運動には、肥満予防効果のみならず、「うつ」の予防、認知機能改善効果が認められますが、それには骨格筋から分泌される生理活性物質や、疾病発症原因物質の骨格筋での分解促進が関与することが報告されています。当研究室では運動習慣が予防する様々な疾病に対し、骨格筋性状変化がどのように貢献するのかを遺伝子改変動物などのモデルマウスを用いて検証しています。
運動トレーニングによる動脈硬化抑制機序の解明-PGC-1αとマイオカインの関与-
持久運動トレーニングが、動脈硬化の進展を抑制することは広く知られており、それには、LDLコレステロールやHDLコレステロールといった血中リポタンパク質プロファイルの改善や、炎症抑制などが関与するとされています。一方で、持久運動トレーニングは骨格筋における転写共役因子peroxisome proliferators-activated receptor-γ co-activator-1α (PGC-1α)の発現を増加させます。近年、骨格筋から生理活性物質(マイオカイン)が分泌されることが報告されました。特に、PGC-1α依存的なマイオカインであるIrisinとβ-aminoisobutyric acid (BAIBA)は白色脂肪組織の褐色化などを引き起こすと言われており、多臓器機能へ影響することが知られています。そこで私たちは、骨格筋でのPGC-1α発現増加が動脈硬化の進展を抑制するのではないかと考え、動脈硬化易発症モデルマウスである「ApoE-KO」マウスの骨格筋でPGC-1αを過剰発現させた「ApoE-KO/PGC-1α」マウスを作出し、動脈硬化進展への影響を調べました。
その結果、「ApoE-KO/PGC-1α」では、対照の「ApoE-KO」と比較して、動脈硬化のリスクファクターである血中リポタンパク質プロファイルには変化がなかったのにもかかわらず、動脈硬化巣面積は有意に減少しました。「ApoE-KO/PGC-1α」で動脈硬化が抑制されるメカニズムを明らかとするため、マウス動脈の遺伝子、タンパク質発現量を調べたところ、動脈硬化を惹起するvascular cell adhesion molecule-1 (VCAM-1)とmonocyte chemoattractant protein-1 (MCP-1)の発現が「ApoE-KO」と比較して、「ApoE-KO/PGC-1α」で減少していることが分かりました。私たちはその理由として、血管内皮細胞へマイオカインが作用し、動脈硬化の進展を抑制している可能性を考えました。血管内皮細胞へTNFαを添加することで、VCAM-1とMCP-1の発現を誘導し、IrisinとBAIBAを添加した際のVCAM-1とMCP-1の遺伝子、タンパク質発現量を測定しました。その結果、IrisinとBAIBAが血管内皮細胞のVCAM-1の発現を抑制していることが分かりました。
以上より、持久運動トレーニングによる動脈硬化進展の抑制機序として、マイオカインIrisin、BAIBAが動脈(特に血管内皮細胞)のVCAM-1とMCP-1の発現を抑制して、動脈硬化の進展を抑制していることが示唆されました。