2008年3月4日
静岡県立大食品栄養科学部准教授 桑野 稔子
長寿の根拠を求めて(21) かむことの重要性に注目
子どものころ、「よくかんで食べなさい」と家庭でのしつけの中で言われた経験のある方は大勢いらっしゃるのではないかと思う。近年、よくかむことの重要性が注目されている。
歯の健康とメタボリックシンドロームは、深く関係があることが明らかになっている。糖尿病と歯周病との関連や、よくかむことで肥満解消・予防に効果的であることも確認されている。よくかむと早食いを防止し、満腹感が得られやすくなるため、食べ過ぎを防ぐ。
また、よくかむと視床下部から神経ヒスタミンが分泌し、食欲を抑制したり、交感神経が刺激され、エネルギー代謝が促進し、消費エネルギーが増加する。内臓脂肪が減少することも筆者の研究からも確認されている。
しかしながら、現代の食環境は、軟らかくてかむ必要の少ないものを消費者が好むため、かみごたえの少ない軟らかい食物が多い。以前筆者が行った研究で、大学生が食べている1日の食事のかみごたえを分析した結果、大部分がかみごたえの少ない食事であることが確認された。現代の食環境を考えると、意識してかみごたえのある食物をとらないと「よくかむ」生活は難しそうである。
かむ回数は食品によって変わるため、かみごたえのある食材を料理に使う。ごぼうなどの根菜類や乾物などを積極的にとることをお勧めする。いつものハンバーグにささがきごぼうを加えることでかみごたえがアップする。食パンをフランスパンにかえる。また、煮物やカレーの食材を大きく切ることやニンジン、大根を生のスティックで食べることによりかむ回数が多くなる。
食品の選び方や調理方法を変えるなどちょっとした工夫でかむ回数が増える。肥満解消・予防の目標は一口30回かむことであるが、以上の工夫を日常の食事に取り入れることができれば実践できそうである。
また、よくかむことで、認知症の予防になる。高齢者においては、脳の記憶をつかさどる海馬の神経活動が増強し、前頭連合野の活性化が起こり、記憶力がアップする。さらに、かむことで脳の扁桃(へんとう)体の活動とアドレナリンなどの血中ストレス関連物質が減弱し、ストレスを軽減させることが明らかになっている。スポーツ選手が試合中にガムをかんでいるシーンをよく見かけるが、それは緊張を解きほぐし集中力を高めるためである。
「よくかむ」ことは、全身の健康の基盤であり、肥満解消・予防、認知症予防、ストレス軽減などの多くの効能があり、どうやらいきいき長寿の秘訣(ひけつ)である。