「発酵」と聞いて皆さんは何を思い浮かべるでしょうか?やっぱり納豆やヨーグルトなどの発酵食品ではないでしょうか?発酵食品の製造過程では、微生物が原料を分解しながら、香りやうまみ成分、栄養を創り出します。この微生物の創造的発酵力は、ヒトの健康に役立つだけでなく、保存性が上がるため、食品ロスや冷蔵に要するエネルギーを減らし、省資源・省エネルギーに貢献することができます。
また、微生物の発酵力は、医薬品や化粧品、機能性食品の素材のほか、飼料や肥料およびそれらの補助剤など、食料生産を支える各種有用物質の生産、燃料やプラスチック素材の生産にも用いられています。しかも、微生物の発酵力を利用した物質生産の多くは、現在モノづくりの主流となっている化石資源からの物質生産よりも低温で行うことができ、環境負荷を与える副産物も出にくいことから、持続可能な開発目標であるSDGsの観点からも重要です。これほど多方面で役立つ微生物の発酵力の源は、多様な分解力と変換力です。この微生物の力を上手に利用すれば、環境中の有害物質を分解したり、環境負荷を与える食品加工残渣などの廃棄物を有用物質に変換することができます。我々の研究グループでは、このような地球とヒトの健康に貢献する微生物の新たな力を見つけ、伸ばし、その力を最大限発揮できる環境をつくることを目指しています。
SDGsや環境に関わる課題を解決するためには、屋内にこもって研究をしているだけではダメです。環境調査をしたり、有用な微生物を環境中から探し出すために屋外に出なければなりません。幸い本研究室が所属する環境生命科学科は、アウトドア志向をもつ活発な学生が多く、屋外活動に慣れています。
目には見えませんが、環境中には多くの微生物が息づいています。地球とヒトの健康に役立つ微生物を育てるためには、スポーツ選手を育てるのと同様、まずはその素質(遺伝的性質)をもった微生物を見い出すことが重要です。たとえば、最近は、静岡県が進めるマリンオープンイノベーション(MaOI)プロジェクトの支援を受けて、共同研究者とともに機能性食品や天然色素として用いられるカロテノイドを生産する酵母を駿河湾から多数探し出しました(写真)。
現在は、有能なマリン酵母をさらに選抜し育てることで、食品加工残渣からカロテノイドを生産する、持続可能な食の資源循環を目指した研究を進めています。
微生物の多くは、我々と同じように生きるのに必要なエネルギーを獲得するために、酸素を吸って呼吸をしています。微生物の発酵力を高め、我々の好みの有用物質をたくさん作らせようとすればするほど、微生物はエネルギーもたくさん作らなければならなくなり、過呼吸のような状態に陥り、最終的に有用物質の生産性も落ちてしまいます。
一方で、植物や藻類は光合成をおこなって太陽光からエネルギーを作ることができます。そこで、我々の研究グループでは光合成能の一部を微生物に導入することで、呼吸に加えて光からエネルギーをつくれるように微生物を改良することで、有用物質の生産性を高める研究をしています。
また、現在の微生物による有用物質の発酵生産の多くは、大量の酸素を微生物に与えるため、発酵タンク内の撹拌翼を高速に回転させ続けなければならず、大量の電気エネルギーを消費しています。さらに、呼吸が激しくなれば当然、微生物も二酸化炭素をたくさん吐き出します。
酸素の代わりに光を利用した発酵法は、このような撹拌電力と二酸化炭素排出の削減にもつながるため、国の未来社会創造事業「地球規模課題である低炭素社会の実現」領域の支援を受けて、研究を進めています。