マダラチョウはなぜ鳥に食べられないのか?

助教 藁科 力 (Assist. Prof. Tsutomu Warashina)

皆さんはアレロパシー(他感作用)と云う言葉をあまり聞いた事は無いと思います。アレロパシーとは簡単に云いますと「生物が持っている化学物質による生物個体間の攻撃、防御、協同現象、そのほかの情報伝達に関する相互作用」で、その化学物質をアレロケミカルと呼びます。

生態相関物質(情報化学物質、生態活性物質)は以下の様に分類でき、アレロケミカルもこれに属します。

  1. フェロモン(pheromone) ---- 生物個体から体外に分泌されて、同種の他の個体に受け取られ、その個体に一定の行動や発育過程の様な特異な反応を引き起こす物質。
  2. アレロケミカル(allelochemical) ---- 異種2個体間の相互作用を媒介する情報化学物質。植物、動物、微生物を含めて、他種の生物の生長・分化・増殖・行動・健康等に影響を及ぼす物質すべてを包合することになる。例えば、発芽や生長の促進または抑制作用、誘引や忌避作用、摂食・産卵・孵化の促進または阻害作用のほか、攻撃や防御として有効な作用を持つ物質などが挙げられる。
    1. アロモン(allomone) ---- 自然環境下で異種の生物が交渉を持った時、放出者にとって利益となる行動や生理的反応を受益者に起こさせる物質。獲物を捕まえたり、外敵の攻撃から身を守るための毒物質や捕食者が被捕食者を誘因する物質など。
    2. カイロモン(kairomone) ---- アロモンとは異なり受容者が利益を受ける物質。昆虫の寄主選択における摂食刺激物質など。
    3. シノモン(synomone) ---- 放出者と受容者の双方が利益を受ける物質。花の香りなど。
    4. アンチモン(antimone) ---- 放出者と受容者の双方に不利益に働く物質。
微生物・植物・動物間の相互作用

次に、生物間でのよく知られたアレロパシーについて記します。

◎植物間の化学的交渉

セイタカアワダチソウ

秋になると河川敷、鉄道沿線、放耕地、造成地などいたる所に黄色の穂を波打たせているセイタカアワダチソウの大群落が見られる様になります。この帰化植物は1950年代から北九州で目立ちはじめ、その後次第に北上し、全国の主要都市周辺のみならず、北海道の原野にも進出しています。この繁殖力の原因として、種子による繁殖と、地下茎による繁殖の2つの方法を合せ持っている事、帰化植物であるため病害虫がすくない事、草丈が1.5 m位に達し、しかも密生するので内部が暗くなり他の植物の生育に十分な光が届かない事などが挙げられ、分布が広がったと云われます。その他に、この植物が蔓延した原因として植物から分泌されるアレロケミカルが挙げられます。セイタカアワダチソウよりアレロパシーを発現する活性成分の探索により、その根から強力な植物生育阻害作用(ポリアセチレン系化合物)を持つ物質が得られました。これにより、セイタカアワダチソウは根からこれらの植物生育阻害物質を分泌し、この物質が他の植物の生育を妨げ、セイタカアワダチソウの旺盛な繁殖力の一因を成している可能性が考えられる様になりました。土壌中に多量に分泌されたこれらの化合物は最後には自分自身の生育を阻害し、50?60年経った現在、セイタカアワダチソウがかつて蔓延っていた所には土着種であるチガヤやススキが目立ちはじめています。

ポリアセチレン系化合物

◎植物・動物(昆虫)間の化学的交渉

ガガイモ科植物とマダラチョウとアオカケス

ガガイモ科植物のトウワタは昆虫の摂食に対する積極的な防御物質として組織内に数種の有毒なカルデノライドを生産します。中南米から北米に分布し、「渡り」をする蝶として有名なオオカバマダラの幼虫は、これらの毒素に対して進化の過程で適応性を獲得し、この毒素は幼虫が植物を食べる間に蓄積されて、昆虫体内に安全に貯蔵されます。成虫になったオオカバマダラは防御に役立つカルデノライドを体内に貯蔵して寄主植物から飛び立ってゆきます。アオカケスはチョウを捕食しようとしますが、カルデノライドの苦味を感じ、それを吐き出してしまう。2匹目のオオカバマダラが差し出されても、アオカケスは嫌がってそれを避ける様になります。この様にして、オオカバマダラは鳥による食害から逃れていると考えられています。オオカバマダラのカルデノライドを利用した防御様式は、ガガイモ科植物を食草とする他の昆虫にも見られる様です。このカガイモ科トウワタ属植物に含まれるカルデノライド成分の一部には、Na+-K+ATPaseに対し強い阻害活性が認められた事から、鳥類やほ乳類に対する有毒性を確認しています。

calotropin

日本にも、オオカバマダラと同族のマダラチョウ科に属するアサギマダラが生息しています。この蝶もオオカバマダラと同様に「渡り」をする事が知られており、その幼虫の卵がガガイモ科植物のイケマに産みつけられる事から、その幼虫の食餌植物はこのイケマであると考えられます。イケマは古くから有毒植物とされている事からカルデノライドの存在が考えられましたが、成分検索の結果からその存在が確認できませんでした。かつて、シナンコトキシンと呼ばれる有毒成分の報告がありましたが、その構造はよくわかっておりません。現在もこの植物の有毒成分について興味を持っております。また、アサギマダラの食草について御存じ方がおりましたら、情報を御寄せ下さい。

これらの他に、まだ多くのアレロパシーに関する実例が報告されていますので、調べてみて下さい。

最後にアレロパシーを知ることの意義は?

アレロパシーとは、一例として植物の生産する化学物質が生物に与える作用です。植物対植物、植物対動物間の化学物質を介した関係を知ることにより、雑草や病害虫の生物的防御、安全性の高い除草・殺菌・殺虫剤の開発(実際、植物成分を基にした除草剤や殺虫剤が多く開発されています)、雑草に対して抵抗性のある作物の作成・育成、耐病・耐虫性品種の選抜・育成などにつながります。ひいてはこれが少農薬、省エネルギーによる環境負荷の減少をもたらし、生態系の維持に大きく貢献すると思われます。

参考図書

(以上)

>>ページトップへ

>>次のコラム: -第14回- 「子供への紫外線対策 ― アンケート調査の結果からわかること」 伊吹 裕子

>>ひとつ前のコラム: -第12回- 「地球の表面−土のなかで起きている化学現象」 光延 聖

>>目次ページへ