高分子−その光と影−

助教(転出) 岩村 武 (Assist. Prof. Takeru Iwamura)

1.はじめに

石油化学の発展とともに高分子化学は進歩を遂げ、数々の便利で有用な素材を生み出してきました。特に、プラスチックと呼ばれる材料は、化学的に安定、軽量、安価、加工しやすいなどの優れた性質を持っていることから、身の回りの多くの製品に利用され、私達の生活を便利で、豊かにしてきました。しかし、その一方で私達の社会は大量生産・大量消費型社会になり、大量のエネルギーを使うのとともに、大量のゴミを出す生活様式になってしまいました。このゴミの中に含まれるプラスチックは、プラスチックの優れた特性が、逆に働き、いつまでも分解することがなく、かさばるために、その利用と廃棄のあり方に問題を投げかけることになりました。このコラムでは、『高分子』を中心に環境科学的な視点から議論を進めていきたいと思います。

2.高分子とは何か?

 『高分子』という言葉を聞き、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか?恐らくは『高分子=プラスチック』あるいは『高分子=繊維』のような理解をしておられるのではないでしょうか。もちろん、このような理解も間違いではないのですが、必ずしも正解ではありません。高分子化学の専門書をひもときますと、『高分子とは、一般に分子量が10,000以上で、主として共有結合で連なっているような化合物である。』とされています。言い換えますと、長く連なった分子が高分子ということになります。また、分子量が10,000以上という数字なのですが、この数字自体には特別な意味があるのではなく、高分子としての性質(例えば、製膜性があるなど)を示すようになるのが、だいたい分子量が10,000以上だという知見からきているものです。また、高分子はポリマー(polymer)とも呼びます。polymerは、「多くの」、「複」という意味を持つ”poly”という言葉に由来します。したがって、polymerには「多いもの」、「多く集まったもの」という意味があります。他にも高分子はmacromolecule(巨大分子)という呼び方もあります。

3.高分子のつくり方

私達の身の回りには、ペットボトル、ポリエステル繊維、パソコンなどの家電製品、携帯電話、プリンターのトナー、自動車のバンパー、塗料、接着剤など高分子を利用した製品が数多く存在します。これらの製品に利用される高分子化合物は、モノマー(単量体)を重合することにより高分子(ポリマー)をつくっています。高分子をつくるための重合反応は、付加重合、環化重合、異性化重合、開環重合、脱離重合、重付加、重縮合、付加縮合などが知られていますが、ここでは、付加重合を例に説明したいと思います。

ポリエチレンは、モノマーであるエチレンを重合することによって合成しています。エチレンの重合反応では、図1のように洗濯ばさみが連続してつながっているように、モノマーが鎖のようにつながることでポリマーが得られます。

エチレンの重合
図1.エチレンの重合

4.高分子の分類

高分子は色々な観点より分類されています。最も簡単な分類は、(1)天然に存在するもの、(2)純粋に合成されるもの、(3)天然に存在する高分子に化学処理をしたものになります。

表:高分子の分類
 

また、高分子の繰り返し単位のつながり方による分類法も存在します。

(1)一次元高分子

まっすぐ連なったもので、鎖状高分子(chain polymer)、線状高分子(linear polymer) などと呼ばれています。

(2)二次元高分子

平面に連なったもので、板状高分子(sheet polymer)、梯子状高分子(ladder polymer)などと呼ばれています。

(3)三次元高分子

三次元に広がって連なったもので、架橋高分子(cross-linked polymer)、網状高分子(network polymer)と呼ばれています。

合成高分子は加工上の観点から分類すると次の通りになります。

(1)熱可塑性高分子

加熱により、成形できる程度の熱可塑性が得られる合成高分子をいいます。線状あるいは分枝状の高分子からなる化学構造を持っています。押出成形、射出成形によって能率的に加工できるという長所を持ちますが、その反面、耐熱性,耐溶剤性などは熱硬化性高分子に劣っています。ちなみに、プラスチック(plastic)という言葉は可塑性(plasticity)が語源になっていると言われています。

(2)熱硬化性高分子

低分子単量体の混合物で適当な粘性をもつ液体を原料とし、加熱すると網状構造となって不溶不融の状態に硬化する合成高分子をいいます。一般に耐熱性、耐溶剤性にすぐれ、充填剤を入れて強靭な成形物を得ることができます。

5.高分子のもたらした光と影

太古の昔から人類は、衣食住の様々な場面で、木、石、わら、綿などの天然高分子を利用してきました。そして、文明の進歩にともなって様々な高分子をつくり出したり、利用したりするようになりました。例えば、無機高分子であるガラスは紀元前4000年よりも古くから製造されており、古代メソポタミア、古代エジプトではガラス職人がいたと伝えられています。当時、ガラスは砂、珪石、ソーダ灰、石灰などの原料を1,200 ℃ 以上の高温で溶融し、冷却することで製造されていました。また、動物の骨や皮を煮ることで得られる天然有機高分子のゼラチン(にかわ)は、接着剤として使われました。他にも、うるしの木から得られる樹液は、木材に塗ると、うるしの樹液に含まれるラッカーゼという酵素が、ウルシオールという物質を酸化的に重合させることから塗料として用いられました。

19世紀になると天然高分子を化学的に処理した半合成高分子をつくる様々な試みが行われました。スイスのシェーンバインは木綿を、硫酸と硝酸で処理することでニトロセルロース(綿火薬)をつくりました。アメリカのハイアットは、ニトロセルロースと樟脳を混合することで、熱可塑性を持つ材料を得ることに成功し、これをセルロイドと名付けました。セルロイドは歴史上最も古い熱可塑性の高分子材料として知られていますが、セルロイド自体が可燃性で、自然発火することもあるために、現在ではその生産量は少なくなっています。

20世紀に入り『高分子』の概念が、ドイツのシュタウディンガーによって確立されて以降、モノマーの重合反応によって数多くの有用な合成高分子が生み出されました。合成高分子は、天然高分子、半合成高分子の持つ弱点を次々と克服していきました。例えば、前述のにかわは、腐敗と水分に弱いという欠点があります。そのため、現在では特殊な用途以外では合成接着剤にとって代わられています。

高分子は、軽量性、耐食性、易成形性、高生産性などの優れた特徴を持っていることから、材料として広く用いられるようになりました。1960年頃から、家電製品のプラスチック化が急速に進み、これまでの金属、ガラス、セラミックス、木材などの材料と置き換わり、私達の日常生活に深く浸透していきました。しかし、その一方でプラスチックの「何となく安っぽい」というイメージが使い捨てを加速させ、大量生産・大量消費に伴う大量廃棄を招くこととなりました。我国ではプラスチック製品を廃棄する場合、自治体によって可燃ゴミであったり、不燃ゴミであったりしますが、プラスチック製品が不燃ゴミとして処理された場合、廃プラスチックは埋め立てられることになります。この場合、プラスチックの「何となく安っぽい」というイメージとは裏腹に、化学的に非常に安定で、しかも軽い割にかさばるという高分子の性質が私達に牙をむき、分解することなく半永久的に残存するために、結果として埋立地の不足という問題を招くことになりました。

6.高分子の影を光に変えるには

年間排出量が1000万トンにも及ぶ廃プラスチックは、現状では60%程度しかリサイクルされていません。さらに、その内の約60%はプラスチックを焼却する際に発生する熱を利用するサーマルリサイクルという形で焼却されています。従って、廃プラスチックは埋め立てられるか、焼却される方が依然として多く、回収したプラスチックを再度、成形・加工して利用するマテリアルリサイクルや、プラスチックをモノマーに戻して、再度、重合してポリマーをつくるケミカルリサイクルの割合は、まだまだ少ないのが現状です。現在、石油から得られる化学物質を利用することで高分子が合成されていますが、もし、石油が無くなってしまったならば、焼却して二酸化炭素と水になってしまうサーマルリサイクルは安易に選択できるリサイクル方法ではなくなってしまうことでしょう。私達、人類はまだ二酸化炭素を利用して様々な化学原料を効率的に合成する方法を持っていません。こういった意味からも、石油が枯渇してしまった時に、廃プラスチックは石油由来の重要な資源という位置づけになるかもしれません。今後のマテリアルリサイクル、ケミカルリサイクル関連技術のさらなる進歩は、廃棄物という影を資源という光に変えてくれることでしょう。さらに、高分子に「リサイクル性」という性能を与えるためはどのような分子設計が必要なのか、という観点からの研究も今後より一層重要になると考えられます。循環型社会を築き上げるための一助になればとの思いから、筆者の研究グループでも、ケミカルリサイクル性を持つ高分子の合成研究に日夜取り組んでいます。真の循環型社会を築き上げるためにも、リサイクルを指向した研究・開発が今後もますます盛んになることを期待するのとともに、これらの研究成果が豊かで環境に調和した社会の構築に貢献することを願っています。

参考図書

『改訂 高分子合成の化学』, 大津隆行 著, 化学同人

『高分子合成化学』, 遠藤 剛・三田文雄 著, 化学同人

『ナノの世界が開かれるまで』, 五島綾子・中垣正幸 著, 海鳴社

(以上)

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