生活関連物質による水環境汚染 ―最近の動向について
助教(転出) 寺崎 正紀 (Assist. Prof. Masanori Terasaki)物性化学研究室
1.はじめに
今回のリレーコラムは、水環境汚染の話です。いきなりですが、みなさんは普段の生活で、朝起きてから夜寝るまでに、どのような人工化学物質を使い、消費していますか?
私の場合、この原稿を書いている日を思い返してみると・・・、まず、起床とともに歯磨きをして、それから朝食をとり、今日はゴミの収集日なので、ゴミ袋を抱えて出勤します。研究室に到着したら、石鹸で手を洗いました。昼食後に歯を磨き、夕方、目も疲れてきたので第三類医薬品と書かれた目薬をさして、もうひと仕事をします。そろそろ、夜も遅くなってきたので帰宅し、手を洗う。夕食後の入浴時には、石鹸、シャンプー、シェービングクリームを使いました。寝る前に、歯磨きと第二類医薬品の塗り薬を肩へたっぷりと使う、とこんな具合です。
これらの製品成分には、いろいろな化学物質が配合されていますが、抜粋したものを載せてみました(図1〜2)。女性の場合、化粧品や香水なども使うと思うので、その数はさらに増えることでしょう。
2.生活関連物質(Pharmaceuticals and Personal Care Products)
私たちの周りには、毎食後または、たまたま調子が悪く、薬を服用しなくてはならない人が必ずいると思いますし、歯磨き粉、化粧品などの製品は、毎日使われる日用品です。こうした製品は、たくさんの化学物質が含まれることから「医薬品&日用品=生活関連物質」と置き換えて呼ぶこともできます。それでは、私たちがこうした生活関連物質を使用したとき、製品に含まれる「化学物質」は最終的にはどこへ行くのでしょうか? たとえば、図2の塗り薬に含まれる消炎鎮痛剤フェルビナクという化学物質は、塗布後に皮膚で吸収・代謝され、排泄されていると考えられます。
このような医薬品化学物質の体内での動きは、薬物動態学などで精力的に研究されています。また、一部は皮膚に残ったまま入浴時に洗い流されることでしょう。しかし、トイレでの排泄や浴室で洗い流されたフェルビナクが下水道に流れ、下水処理施設で浄化される際、十分に除去されているかどうかは、これまでほとんど注目されていませんでした。また、下水処理を通り抜けて水環境中へ放出された後のフェルビナクの挙動についても、多くは不明です。とすると、水環境からフェルビナクに由来した物質が検出されるというのは、案外「ありえる話」と言えるかもしれません。もちろんフェルビナクは、塗り薬を正しく使っている限り、ヒトへの影響はありません。ですが、水圏生態系への有害性については、情報がありません。
3.汚染化学物質に関する最近のトレンド
こうした生活関連物質による水環境汚染は、1980年代から欧米諸国で研究が進められてきました。米国環境保護庁は、医薬品とパーソナルケア用品(サンスクリーン、化粧品、整髪料、香水など)を総称してPPCPs(Pharmaceuticals and Personal Care Products)と呼ぶようになり、新たな環境汚染物質として徐々に認知されるようになりました。その後、PPCPsを分析するための機器や前処理技術の進歩もあって、2000年ごろから本格的に研究が進められています。日本国内においても、生活関連物質の水環境中での挙動や水生生物への作用など、具体的な調査結果や問題が少しずつ明らかになってきており、現在ホットな研究領域と言えるでしょう。これを確かめるために、これまでに世界で公表された文献を検索できる「SciFinder@」というソフトを使って調査した結果が、下図になります。
ソース;SciFinder@。
ご覧の通り、生活関連物質に関する論文数は、今のところ右肩上がりとなっており、新しい発見が次々と見つかっております。これは裏を返せば、研究者間の競争も大変激しいと言えます。私も今取り組んでいる研究が、「誰かに先を越されて発表されてしまうのではないか」、と心配しながら研究に取り組んでいます。逆に面白いテーマがひらめいても、すでに他の研究者が発表していたりするので、情報収集にも力を注がなくてはなりません。しかし、この競争に打ち勝って、成果をいち早く発表できたときや、他の研究者に自分の発表論文が引用されていることが分かった時の「快感」は、何にも勝ることです。
4.まとめ
環境研究における最近の動向として、生活関連物質を取り上げました。ハードな研究領域ですが、確かなスキルや思考を磨くにはうってつけです。少しでも関わってみたいと思う方々は、ぜひ本専攻を尋ねてみてください。
(以上)
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