環境とストレス、ストレスと健康

教授 下位 香代子 (Prof. Kayoko Shimoi)
生体機能学研究室

目次

  1. ストレスとは?
  2. 環境の変化がストレスをひき起こす!
  3. ストレスが遺伝子発現を変える!!
  4. 遺伝子発現の変化が病気をもたらす?
  5. おわりに
  6. 引用文献
  7. ストレスに関するわかりやすい解説書

1.ストレスとは?

もう30年も前のことになりますが、私は大腸菌に紫外線を照射した時に誘導されてくる蛋白と紫外線により傷害を受けたDNAを修復する機構について研究してました。その当時は、自分がストレスの研究をするようになるとは思っていませんでしたが、30年前に調べていたことは、まさに一種のストレス応答だったのです。微生物であれ、植物であれ、小動物であれ、ヒトであれ、生命体は、外から刺激(ストレス)を受けるとその刺激に応答して恒常性を維持するように、また、生命を護るように様々な機能が働くのです。そして、同じ刺激に対しては一時的ではあっても耐性を示すようになります。また、進化の過程で耐性を獲得する場合もあります。高等動物、特にヒトにとってストレスとは何でしょうか?

私1936年にSelyeは、「ストレスとは、ストレッサーが生体に作用した場合に起こる生体の歪みであり、ストレッサーは生体に歪みを生じさせる心身の負担になるような各種の刺激である。」と提唱しました。一般的な習慣では、「ストレッサー」という言葉はあまり使用されず、「ストレス」と呼び、「ストレス」を「ストレス反応」と呼ぶことが多いかと思います。Selyeは、ストレス反応はストレッサーの種類によらず非特異的な反応を示すことをラットを用いた実験により見出しました。図1にSelyeが発表したストレス反応の時間経過を示しました。ストレス反応は、警告反応期、抵抗期、疲弊期の3つの時間的段階に分けられ、副腎皮質の肥大、胸腺とリンパ節の萎縮、胃腸内壁の出血の3つの症状がひき起こされます。ストレス反応を起こす経路には、視床下部→脳下垂体→副腎皮質刺激ホルモン→副腎皮質→コルチコイドという内分泌系、視床下部→交感神経→副腎髄質→カテコールアミンという自律神経系の二つがあり、ストレスが負荷されると、血中のコルチコイドやカテコールアミンの濃度が上昇します。ストレス反応において、脳と副腎は大変重要な臓器です。

図1.ストレス反応の時間経過
図1.ストレス反応の時間経過

2.環境の変化がストレスをひき起こす!

我々を取り巻く環境には、自然環境と人工環境がありますが、環境中には様々なストレス要因があります。ストレスには、騒音、温度、湿度などの物理的ストレス、栄養不良、環境汚染物質などの化学的ストレス、病原菌や花粉などの生物的ストレス、人間関係や責任の重い仕事、家族との死別などの心理・社会的ストレスがあり、我々は日々これらのストレスに曝されています。複雑化した現代社会においては、日常生活におけるこのような環境・社会的ストレスに起因するうつなどの精神疾患の罹患率が上昇しており、さらにこれらのストレスの長期的な曝露が精神疾患のみならず様々な疾患、例えば、肥満症、糖尿病、動脈硬化やがんなどの生活習慣病、アレルギー、消化管疾患などの発症や憎悪に大きく関与していることが知られています(図2)。どうしてストレスが病気をひき起こすのでしょうか? 発症機序を解明し、疾患の予防のために、環境・社会的ストレス要因に対する生体の応答機構を解明することは重要です。ところで、生体において、肝臓は、物質代謝、解毒作用、生体防御作用などの主要な役割を担っている重要臓器ですが、環境・社会的ストレスに対する応答についてはほとんど解明されていませんでした。そこで、我々は、長期的かつ持続的な環境・社会的ストレス負荷が肝臓に及ぼす影響を明らかにすることを目的として、4週齢の雄性 BALB/cマウスを標準飼育(5匹/ケージ)で10日間順化した後、単独隔離(1匹/ケージ)し、床敷を少なくしたケージで30日間飼育し、飼育環境の変化が肝臓における遺伝子発現への影響についてDNAアレイ解析を行うことにしました。本ストレス負荷モデルでは、7日目には副腎肥大、血中コルチコイド(コルチコステロン)の上昇、また、生体内で酸化ストレスが亢進していることが確認されました1,2)。

図2.ストレッサーの種類と関連疾患
図2.ストレッサーの種類と関連疾患

3.ストレスが遺伝子発現を変える!!

420遺伝子(発現増加が202遺伝子、発現抑制が218遺伝子)に発現の変化が見られたので、これらの遺伝子についてBiNGOによるオントロジー解析を行いました。その結果、主に peroxisome proliferator activated receptor alpha (PPARα) などが関与する脂質代謝系の遺伝子発現の抑制、脂質合成系及び分泌経路の遺伝子発現の亢進が見られました。定量的 RT-PCR により脂質代謝系及び脂質合成系の遺伝子発現を確認した結果、単独隔離による長期の環境・社会的ストレス負荷は、PPARαシグナル伝達系を抑制して脂質代謝(β酸化系及びω水酸化系)を制御し、さらにエネルギー代謝調節鍵酵素であるPDK4を抑制してアセチル CoA の合成を促進し、かつ fatty acid synthase の発現を亢進して脂肪酸の合成を促進していることが明らかになりました3)。これらの結果は、長期的かつ持続的な環境・社会的ストレスが、生体をエネルギー貯蔵の方向に応答させて肥満を誘発する可能性を示唆していました。

4.遺伝子発現の変化が病気をもたらす?

上記ストレス負荷モデルにおいて、3ヶ月までマウスを飼育してみたところ、肝臓中の脂肪、内蔵脂肪、血中コレステロール、血糖値が増加し、体重も標準飼育群に比べ増加しました。肥満が誘発されたのです。環境・社会的ストレス負荷1ヶ月の時の遺伝子発現の変化が3ヶ月後の将来を予測していました。

5.おわりに

我々を取り巻く環境中にある様々なストレスが遺伝子発現を変化させ、そして、ストレスが過剰になると健康に影響を与えます。最近、うたれ強い人が減っているように言われますが、ストレスに強い人、弱い人を決めている遺伝子がきっとあると思います。その遺伝子を将来つきとめられたらストレスに起因する様々な疾患の予防や人間関係の改善に役立つのではないかと考えています。ストレスを感じると食べたくなる人、食べたくなくなる人いろいろと思いますが、さて、皆さんはどちらでしょうか? ストレスが負荷されている時にカロリーの高いものを過食するとますます・・・・・。気をつけましょう!! また、現在進行中の研究結果からすると、環境中の化学物質に対する生体応答がストレス負荷状態では、そうでない時に比べかなりちがってきています。本結果については今年中にはもっと明らかになってくると思います。続きはまたいつか。

6.引用文献

  1. Miyashita, T., et al., BBRC, 49, 775-780, 2006.
  2. Nishio, Y., et al., Genes & Environ., 29, 17-22, 2007.
  3. Motoyama, K., et al., Physiol. Genomics, 37, 79-87, 2009.

7.ストレスに関するわかりやすい解説書

  1. ストレスの科学と健康、二木鋭雄、共同出版、2008.
  2. ストレスとは何だろう・医学を革新した「ストレス学説」はいかにして誕生したか、杉 晴夫、ブルーバックス、講談社、2008.

(以上)

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