ホルムアルデヒドのリスク評価についての2010年現在の情報

准教授 雨谷 敬史 (Assoc. Prof. Takashi Amagai)
大気環境研究室

目次

  1. ホルムアルデヒドとは
  2. ホルムアルデヒドのリスク評価
  3. 許容発がんリスクと将来のガイドライン
  4. ホルムアルデヒドと小児ぜんそく

1.ホルムアルデヒドとは

ホルムアルデヒドは、近年シックハウス症候群の原因物質の一つとして指摘された物質である。ポリアセタール樹脂、ウレア樹脂(ユリア樹脂、尿素樹脂)などの樹脂原料、安価な防虫剤、接着剤などとして、各種商品や建材・家具、特に輸入木材などに使用され、これらの商品等が室内で使用されたことなどから、室内汚染が問題となった。そこで、平成9年(1997年)には厚生労働省において室内環境ガイドラインが設定され、さらに建築基準法の改正により、室内環境でのホルムアルデヒド放散材料の使用規制が行われた。室内環境ガイドラインは、ホルムアルデヒドの刺激性を基に決められた値で、WHOのガイドライン、日本のガイドラインとも100μg·m-3である。

ホルムアルデヒドは、捕集・分析中に分解する可能性があるので、2,4-ジニトロフェニルヒドラジン(DNPH)などの試薬を用いて安定な化合物(対応するヒドラゾン)にして分析することが多い。アルデヒド捕集用のサンプラーは多くのメーカーから開発されている。また、置いておくだけで、分子拡散を利用して捕集するタイプのパッシブサンプラーもいくつか開発されている。

筆者らは、リスク評価の一ステップである曝露評価手法の開発と、その開発した手法を用いた実際の曝露評価に関する研究を行ってきた。「曝露」という言葉は聞き慣れないが、「さらされる」とか「体内に摂取する」といったような意味であり、専門用語として他の言葉に置き換えにくいことから、ここでも使用することとする。また、「暴露」とも書くが、これは「曝」の字が当用漢字から外れたことによる。この曝露評価の研究の一環として、2006年には静岡市周辺で約30家庭、30名の協力者を対象に数十種の化合物についての個人曝露、室内外汚染実態調査を行った。夏期のホルムアルデヒド調査結果を図1に示す。このように、ホルムアルデヒドは屋外より室内の方が1ケタ濃度が高く、個人曝露濃度は室内濃度と同程度であることが判った。これらの結果は、以前から行われている結果と同様の傾向を示した。ちなみに、本研究対象は、新築住宅ではなく、一般の既設住宅(新築含む)である。また、「個人曝露」という言葉も一般には聞き慣れないが、実際には協力者に捕集用の器具を調査の間、常時携帯していただき(就寝中は枕元に置いて)、その人が吸い込んだと考えられる物質の平均濃度を調べたものである。ホルムアルデヒドの場合、図2に示したサンプラー(柴田科学製)を使用して調査を行った。ただし、この結果は夏期のみの結果であり、冬期はその濃度はより低いこと、リスク評価においては夏期の結果ではなく、年平均値が重要であることを付け加えておく。筆者が行った、室内ホルムアルデヒド濃度測定をほぼ毎日行った年間調査に於いては、7,8月の最高濃度が88μg·m-3であった場合、年平均値は約40μg·m-3であった(室内環境学会、pp72-73, 2002)。

図1 ホルムアルデヒド幾何平均濃度
図1 ホルムアルデヒド幾何平均濃度(n=30,静岡,2006夏)
図2 ホルムアルデヒド個人曝露測定用パッシブサンプラー
図2 ホルムアルデヒド個人曝露測定用パッシブサンプラー

2.ホルムアルデヒドのリスク評価

ホルムアルデヒドのリスク評価、特に発がんリスク評価は、数多く行われている。このうち、国際がん研究機関(IARC)による発がん性分類では、ホルムアルデヒドはグループ1のヒト発がん物質、すなわち、ヒトに対して発がん性を有していることの証拠が十分であるという評価となっている(IARC monograph vol.88, 2006)。以前の評価(IARC monograph vol.62, 1995)ではグループ2A(ヒトに対する発がん物質である可能性が高い)であったが、その後9つの研究が追加評価された結果である。

さらに、米国環境保護庁(USEPA)では、Integrated Risk Information System (http://www.epa.gov/iris/をご参照下さい)というウェブサイトを立ち上げ、各種有害化学物質のリスク評価の報告を行っている。ここでは、2010年6月2日付で、ホルムアルデヒドの経気道曝露(呼吸を通じての人体への摂取)経由でのリスク評価の原案を公表した。この原案で取り上げられて検討されている発がん性に関する研究は、IARCのものと重複するが、これらの内容を手がかりにホルムアルデヒドのリスク評価について簡単に解説する。

M. Hauptmann氏らは、ホルムアルデヒド製造および使用施設において、上咽頭がんによる死亡数とホルムアルデヒド曝露の間に有意な関係があると報告した(Am J Epidemiol 159: 1117-1130, J Natl Cancer Inst 96: 967-968) 。B.- Freeman氏らは、同様に、ホルムアルデヒド曝露とリンパ球造血系がん(ホジキンリンパ腫, 白血病)との関係を報告した(J Natl Cancer Inst 101: 751-761) 。これらの研究で、疫学データとして用いている値は、死亡リスクであり、これを発がんリスクに換算したものが、次のユニットリスク値である。

上咽頭がん:
0.011 ppm-1
ホジキンリンパ腫:
0.017 ppm-1
白血病:
0.057 ppm-1

全体の発がんリスクは、これらの個々のユニットリスクの和をとり、0.081 ppm-1となる。単位を変換すると、この値は 6.6 x 10-5 μg-1·m3 である。さらに、2歳未満の乳児に対してはこのリスクは10倍、16歳未満の若年者にはこのリスクは3倍になると考えられているので、これらの事を勘案し、人の一生を70歳(リスクの考え方では標準的な数値)とすると、生涯を通じたユニットリスクは

6.6 x 10-5 x [ (10 x 2/70)+(3 x 14/70)+(1 x 54/70)] = 1.1 x 10-4 μg-1·m3

となる。この式で、(10 x 2/70)は、0,1歳のときにリスクが10倍となること、(3 x 14/70)は、2〜15歳のときにリスクが3倍になることを意味している。また、得られたこのユニットリスクは、ホルムアルデヒド濃度が1μg·m-3のとき、その発がんリスクが1.1 x 10-4である(1万人あたり1.1名がホルムアルデヒドが原因のがんになる)ことを意味している。

3.許容発がんリスクと将来のガイドライン

一方、現在、許容できる発がんリスクとしては、10-5(10万人に1人の発がん)が提案されており、ベンゼンの大気環境基準値は、この提案に沿ったものとなっている。この基準を満たす濃度は、ホルムアルデヒドのユニットリスクから計算すると、0.1 μg·m-3という値になる。これは、現在の室内環境ガイドラインの1,000倍厳しい値である。また、図1の調査結果では、個人曝露濃度の幾何平均値は約33μg·m-3であり、10-5リスク濃度の330倍という高いレベルであることが判る。  

アルデヒド濃度については、ホルムアルデヒドのガイドラインが緩い(100μg·m-3)のに比べて、長期曝露の影響から算出したアセトアルデヒドのガイドラインが厳しい(48μg·m-3)ことが取り上げられている。しかしながら、ホルムアルデヒドのガイドラインもそろそろ見直すべきときが来たのではないかと考える。  

ホルムアルデヒドのガイドラインが緩いのは、この物質が、自然界にも存在し、無垢材などからの放散が無視できないことも一因と考えられる。極端に言えば、この0.1μg·m-3という値がガイドラインとして採用されてしまったら、建材をはじめ、家を造るのに木製品を使用できなくなってしまうかも知れない。しかし、ホルムアルデヒド樹脂の使用を削減し(将来的にゼロを目指す)天然木材からのホルムアルデヒドを考慮したガイドラインを100μg·m-3より低い値に設定するのは、可能ではないかと考える。

4.ホルムアルデヒドと小児ぜんそく

私事で恐縮だが、小生も花粉症である。この症状は、静岡県立大学に赴任してから発症した。いろいろな原因が考えられるが、その一つに、室内のホルムアルデヒド濃度が高いアパートに引っ越したことがあるのではないかと疑っている。また、数年前まで住んでいたアパートでは、6名の子ども(幼稚園以下)のうち3名がぜんそくあるいはアトピーに苦しんでいた。ここもホルムアルデヒド濃度が高かった。これらの経験について言えば、科学的には因果関係を証明できない。しかし近年、室内のホルムアルデヒド濃度とぜんそくとの関係を調べた研究結果も、EPAのIRISに同時に報告されている。

Rumchev氏らによると、6ヶ月から3歳までの192名の乳幼児を対象にした研究で、室内ホルムアルデヒド濃度が60μg·m-3を超えた群では、有意に小児ぜんそくの発生率が高いと結論している(Eur Respir J 20:403-408)。Garrett氏らは、7-14歳の児童生徒148名に対する調査で、室内ホルムアルデヒド濃度が20μg·m-3以下の群と、20-50μg·m-3の群と、50 μg·m-3以上の群でぜんそくの罹患率が異なり、濃度が高くなると罹患率が増えることを報告している(Allergy 34: 330-337)。これらの研究から、濃度基準(Rfc値、吸入参照濃度)を3-10μg·m-3程度にすることが考えられる。値に幅があるのは、人の感受性の違いを計算に入れないと10μg·m-3、感受性の違いを3倍として計算すると3μg·m-3という違いである。

自分ががんになって苦しんだり、がんの医療費、ひいては日本の財政について心配することも重要であるが、子ども達が病気で苦しむのをみるのはさらに辛いことである。ホルムアルデヒドは、簡易分析法も開発され、長期曝露の影響も検討しやすい化合物となっている。このリスク評価がさらに発展し、規制等の政策に結実することを願ってひとまず本稿を終了したい。

(2010.07.21)

本コラムの内容は、個人的な意見であり、個人が所属する組織の見解でないことを特に記しておきます。

(以上)

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