一番身近な環境 〜空気を科学する〜

助教(転出) 大浦 健 (Assist. Prof. Takeshi Ohura)
大気環境研究室

1.はじめに

私たちにとって一番身近な環境といったら何でしょう?人によってそれは食べ物であったり水であったり、様々に感じることだと思います。ですが私たち人間は水や食べ物を1、2週間程度(ひとによっては1日ももたない?)摂取しなくても生きていけます。しかし、空気の場合はそういう訳にはいきません。もってせいぜい数分でしょう。そうです、私たちにとって一番身近な、そして大事な環境、それは空気です。

筆者はここ10年、空気中に存在する有害物質に関する研究を続けてきました。本コラムでは空気中に含まれる有害物質に関する話題をご紹介したいと思います。

2.安全な空気とは

図1
図1.全国の消費生活センターにおけるシックハウス症候群とみられる危害情報の相談件数
(国民生活センター作製資料より抜粋)

山や高原に出かけていったとき、誰もが一度は言ったことがあるかと思います。『やっぱり、空気がおいしいな?』って。当たり前のことですが、空気に味はありません。しかし私たちは感覚的に空気がきれいか汚いか感じとっています。例えば、ペンキを塗ったばかりの室内に長時間いた時、目がパチパチしたり、更には頭痛や吐き気、目眩など様々な体調不良を経験した方も少なくないでしょう。この原因としては、ペンキから放散された化学物質が最も疑わしいと考えられます。目には見えない空気中の化学物質、それを私たちは吸い続けなければいけません。

現在、シックハウス症候群といわれる、汚染された室内空気の吸引によって様々な健康被害を訴える人が増えています(図1)。まだ発症の原因など未解明な点が多く残されており、一度シックハウス症候群にかかってしまうと完治することは困難と言われております。では私たちはどうすればよいのでしょう?

3.空気を科学する

どうすれば良いのかを答える前に、少し、筆者の研究を紹介しましょう。先にも述べたように、私たちは主に空気中の化学物質を捕集して、その成分や濃度を様々な分析装置を用いて解析しています。すなわち、「何が」「どれくらい」空気中に存在しているかを明らかにすることを目的としています。ここでもう一つ重要なのが「どこから」というキーワードです。すなわち、様々な空気中の化学物質の発生源を明らかにしない限り、対策を練るのは困難ということです。これまでに空気中の様々な化学物質の発生源が明らかにされつつあります。すでに低減対策が実施され、その空気中濃度が低減している物質もあります。最近、我々は静岡の一般家庭の室内空気中の化学物質濃度を中国の家庭と比較しました。その結果、中国におけるベンゼンという発がん物質の室内濃度は、静岡よりも約10倍高濃度で存在していることを明らかにしました。さらなる解析によって、その発生源は室内で使われた塗料が原因の一つであると推測しています。今後中国においても、低減化対策が進み、より住み良い環境が得られることを願っています。

「では私たちはどうすればよいのでしょう?」正直、我々ができることは非常に限られていますが、まず、室内の換気を十分に行うことでしょう。最近の住宅は気密性が高く冷暖房コストが大分抑えられるようになりましたが、その分、室内空気は滞留しがちです。これは化学物質だけではなく、カビの発生などにも影響します。次に、多量の溶剤が使われているような家具類はできるだけ室内に持ち込まない。このような心掛けで室内環境は大きく変わってきます。

4.未規制リスク因子の解明

現在、国内では化学物質の使用に関して様々な規制がとられています。これは、人体に対して毒性が高い物質には使用量や環境中に放散される量を制限するといったものです。例えば、室内空気中化学物質の室内濃度指針値では約15物質がリストアップされ、その室内濃度が制限されています。しかし、空気中にはそれよりも遥かに多種の化学物質が存在しており、その中には未だ性質が明らかとなっていない物質も含まれているかもしれません。規制の対象となっていない物質は、私たちにとって本当に安全なのでしょうか?このような疑問を解決すべく、筆者は未規制リスク因子の実態解明に取り組んでいます。様々な化学物質が氾濫している昨今、この研究テーマはこれからの安全な社会構築において重要な課題であると考えています。

図2
図2.ハロゲン化多環芳香族化合物

筆者は最近、多環芳香族化合物類(ベンゼン環が複数縮環した物質で、中には発がん性などの毒性を有するものもある)に塩素や臭素といったハロゲン類が置換した物質、ハロゲン化多環芳香族化合物について、その環境濃度や生体影響を調べています(図2)。これまでの研究により、この物質はダイオキシン類と類似した毒性をもつことが明らかとなってきました。現在、国内外の様々な研究機関や企業と共同に研究を進め、このハロゲン化多環芳香族化合物の環境動態や生体影響など網羅的な実態解明に向けて日夜研究を進めています。今後、この研究成果が更なる未規制リスク因子の実態解明の一助となることを願っています。

(以上)

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